私たちが日常生活を送る中で「可能性ゼロ」と言い切れない病気やケガ。
仕事をしている人でも、通院しながら治療できるのであれば対処のしようがあると思いますが、入院、それも長期間にわたる場合はどうでしょう。
もしかすると、あなたは仕事を辞めざるを得なくなり、経済的にも厳しい状況に陥ってしまうかもしれません。そんな時、家族がいれば、精神的にも経済的にも何らかのサポートを期待できる可能性があると思いますが、身よりがない場合はそうもいきません。
今回の当事者インタビューは、大きなケガが原因で長期入院、退院後の行き先や身よりがなかったことから無料低額宿泊所に入所し、療養生活を送っている困窮男性のお話です。
生活に困窮する人の自立を支援する施設「A寮」(埼玉県内の無料低額宿泊所)に入所して4か月が経過したEさん(61歳)。
20代前半までプロサーファー、さらには建設業一筋30年以上と、こうした経歴を証明するガッシリした体格の男性です。
しかし、屈強そうな体とは対照的に、頭部を保護するニットをかぶったEさん。
顔をあわせるなり「頭に爆弾を抱えている」と深刻な面持ちで話しだしました。
Eさんが「頭に爆弾」と表現したのは、「脳挫傷」「外傷性クモ膜下出血」「症候性てんかん」といった診断をうけていること。聞けば、昨年末、住んでいた社員寮の階段から足を踏みはずして頭部を損傷、意識不明の状態で救急搬送されたとのことでした。
緊急手術により一命を取りとめたものの、Eさんが目を覚ましたのは2日後のこと。意識が戻ったあとも体を思うように動かすことができず、リハビリを専門とする病院へ転院します。
そこで半年ほどストレッチや脳の機能訓練に根気づよく取り組んだことでEさんの状態は回復し、ついには退院できるまでになりました。
ところが、ここで問題になったのは、Eさんの退院後の行き先について。
かつて離婚を経験し、社員寮で生活していたEさんは、「身よりもない、家も財産もない」状態。
入院先の医療ソーシャルワーカーに「どうしたらいい?」と相談したところ、「安心して病気療養できるような場所がないと退院を許すことはできません。橋の下とかで野宿という訳にはいかないよ」と言われ、Eさんの行き先さがしがはじまりました。
貯金のすべてを入院治療費にあて、すでに生活保護をうけていたEさん。
医療ソーシャルワーカーは、アパートでのひとり暮らしではなく、療養生活ができる場所としてとある施設を見つけてきました。
それは、さいたま市内のNPO法人が運営する小規模型の施設。
さっそく見学にいってみると、築40年以上という一軒家に定員4名。部屋は6畳や4畳半の個室でしたが、エアコンがなく、網戸もカーテンもない。
ちょうど記録的な猛暑がつづいていた真夏だったこともあり、Eさんは、「あそこじゃ死んじゃう!」と病院に戻ってすぐに断りを入れ、別の施設を探してもらうことにしました。
こうして次に見つかったのが、現在、入所している無料低額宿泊所のA寮でした。
A寮は、埼玉県の郊外にある完全個室の無料低額宿泊所で、6畳ほどの居室に専用のユニットバス、エアコン、テレビが完備されています。
「どうやって病気療養するか」と考えていたEさんにとって、これらの設備面と食事の提供があることは魅力的に思えました。
しかし、即決できないEさん。
A寮の所在地は、これまで縁もゆかりない地域。土地勘のない中で、例えば「買い物もどこでどうやったらいいか分からない」と「精神的に不安」になったということです。
医療ソーシャルワーカーにこうした気持ちについても相談すると、「住むのはEさんだから、あなたの判断に任せます」と言われ、少しオーバーに感じるかもしれませんが、「清水の舞台から飛び降ります」とA寮への入所を選択しました。
それから、4か月が経過。Eさんは新しい生活に慣れてきました。
当初は住民票の転出・転入の届出や病院に行く際の医療券のことなど、「知らなかったことや行ったことのないところばかりで不安」でしたが、常駐する施設長に相談し、送迎や同行をしてもらうことで「気持ち的にも支えてもらっている」と話します。
また、病院からは、就労はおろか公共交通機関の利用さえも控えるように言われているEさん。
「療養する場所として、ここで暮らすのはベスト」と考え、入院していた時から取り組んでいるストレッチをはじめ、計算や漢字のドリルを今も欠かすことなく自分の日課としています。
「病気が勝つか、自分が勝つか。リハビリの先生や周囲の人達に報いたい。そしていずれは自分に適した仕事をしたい」
例えばEさんのように住まいを失った方の生活を支援する無料低額宿泊所。
2018年の法改正により、新たに「社会福祉住居施設」として位置づけられ、厚生労働省が開催する検討会にてその在り方が議論されています。
Eさんの言葉を借りれば「知る人ぞ知る。知らない人はまったく知らない」
ほんの一例ですが、今回のコラムでは無料低額宿泊所に自らの意思で入所した人の声をお届けしました。
一部の偏った見方では伝わることのない現状をより多くの人に知っていただければと思います。
文(聞き手):竹浦史展
取材日:2018.12.18
※ご本人の希望により施設名および住所を非公開とさせていただきます。
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