あなたは、人が生活困窮に陥る原因をイメージすることができますか?
代表的な生活困窮の原因は失業。
さらに掘り下げて、失業の原因はどうでしょう?
病気やケガ、リストラ、倒産、最近では介護離職なども耳にします。
このように、生活困窮に陥る場合には何かしらの「原因」があり、その原因が明確であることが多いのではないでしょうか?
しかしながら、困窮者支援の現場では必ずしも明確な原因があるとは限りません。不思議に思うかもしれませんが、「なんとなく」の連続で現在に至るという人も存在するのです。
今回の当事者インタビューは、日常生活を送る中で「なんとなく」を繰り返し、最終的には賃貸アパートから夜逃げ、路上生活を経験し、北海道に渡るフェリーの上で地震のニュースに遭遇した男性のお話です。
Tさん(男性・65歳)が賃貸アパートの家賃を滞納し、更新料を支払うメドも立たずに夜逃げしたのはつい最近(2018年8月末)のことでした。
それまで野菜仲卸の仕事を30年ほどつづけており、特に退職する予定もなかったTさんですが、「住所がなければ仕事はできない」との考えから、家を出た翌日から無断欠勤し、それっきりに。
「パートナーに迷惑をかけた。本当に申し訳ない」
仕事でタッグを組んできた同僚に対する後悔をにじませるTさん。
夜逃げするほどまで追い込まれた原因はなんだったのでしょうか。
それは、明確な原因が見当たらない「なんとなく」の生活苦でした。
Tさんの雇用形態は、正社員ではない請負という形。
このため、社会保険の加入はなく、国民健康保険料や住民税を給与から差し引かれる方式とは異なり、自分で納めることになっていました。
そして、これらの納付金額は前年の収入によって決定するもの。
以前、月額40万から28万に報酬が大幅ダウンした際、収入が少なくなっているにも関わらず、税金等は収入の高かった前年を基準として督促がきたため、Tさんはこれらを一度に納めることができませんでした。
のちに住んでいた自治体の納税課と分割払いする約束をしましたが、これが毎月の生活費を「なんとなく」ジワジワと圧迫するようになります。
さらによくなかったのは、ひとり暮らしにもかかわらず家賃9万円の2LDKに住んでいたこと。
収入が年を追うごとに少なくなり、徐々に家賃の支払いをきつく感じるようになっていたTさんですが、気がつけば転居するための敷金・礼金や引っ越し代など、まとまったお金がない状態に陥っていました。
お酒は自宅で晩酌程度、ギャンブルなどで散財するわけでもない。
自分でも気づかないうちに困窮していたTさん。
「自分で何をしたのが悪かったと思いますか?」と尋ねたところ、
「何もしないのが悪かった。どこかでケリをつけることができれば・・・」と、少し沈黙したあとに返ってきました。
自宅をあとにしたTさんは、当時、常磐線の沿線に住んでいましたが、どこにも行くあてがありません。「なんとなく」乗った電車の終点が水戸駅だったため、「大きな街だし、ホームレスをやってみよう」と思いつきました。
ところが、これもうまくいきません。
駅周辺を根城にする先輩ホームレスから邪魔者あつかいされてしまい、なぜか「警察を呼ぶぞ!」と意味不明な罵声を浴びせられました。
ほんの数日でたまらなくなったTさんの頭には「大洗のフェリー乗り場がぽっと思い浮かんだ」といい、わずかな所持金をもとに小学生の頃まで住んでいたという北海道へ向かうことにしました。
「どこに行ってもよかった」というTさんでしたが、夜に出航したフェリーに乗り込んだその未明、たまたまタバコを吸いにむかった喫煙所のテレビで北海道に大きな地震が起きたことを知り驚きました。
フェリーがそのまま苫小牧に到着すると、「停電でおもてが真っ暗」。
地元の人達もどうしていいかわからず、港は人でごった返していたそうです。
混乱の最中、Tさんは北海道で新たな人生を歩むどころではなくなり、港で2日ほどフェリーの空きを探し、結局、出発地だった大洗行きのチケットでUターンすることになりました。
心身ともに疲弊して水戸駅に戻ってくると、Tさんの体に異変が。
「体に力が入らず、まっすぐ立っていられなかった」ことから、近くにいたタクシーの運転手に「救急車を呼んでください」と頼みます。
救急搬送され、うけた診断名は「低カリウム血症」。
なんらかの原因で体内のカリウムが不足し、筋力低下や自律神経失調が起きていたのでした。
その後、入院治療をおこない、医療費の支払いを済ませると、いよいよ所持金も少なくなり、行くあてもありません。
入院先の医療ソーシャルワーカーや市役所の生活保護を担当するケースワーカーから「あじさいの郷下妻(茨城県内の無料低額宿泊所)」の紹介をうけ、Tさんの約1か月間のホームレス生活は終了したのでした。
9月後半の入所から1か月。Tさんは初めての集団生活と穏やかな田園での生活にも慣れはじめ、リハビリとして施設内ボランティアをはじめることになりました。
もともとは「ひとりが大好き」というTさん。
かつて離婚を経験し、妻や子どもと離れてからは30年ほど1人で生活し、「人づきあいをわずらわしい」と感じてきたそうです。
こうしたことから、いずれは「もう一度アパート暮らしにもどりたい」とのこと。「なんとなく」ではなく、「けじめ」をつけて、明確な目標を定めることができるよう職員一同でサポートしていけたらと思います。
文(聞き手):竹浦史展
茨城県下妻市平沼76-21
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