「若いんだから、働けばいいだろう」「若いんだから、苦労して当たり前。怠けてるだけなのでは?」
「若者の貧困」が社会問題になっている昨今ですが、この問題が議論されると必ずこうした非難の声が挙がります。
しかし、いわゆるニートと呼ばれるような「働けるのに働くことを選ぼうとしない若者」と「働きたくても働くことができない若者」とで全く事情が異なることを忘れてはなりません。
今回のコラムの主人公であるNさんは後者であり、職場での人間関係の悪化により、精神疾患を患ってしまったことをきっかけに、貧困に陥りました。
そして今、Nさんのような若者は決してレアケースではありません。たとえば、10代~20代の精神疾患の患者数が2014年から2017年の3年間で2.8倍に跳ね上がったというデータ(メンタル・ヘルス研究所が上場企業2273社に行った調査/2018年)もあり、心の病に陥る若者は急増しているのです。
さらに先進国の中で日本は若者の自殺率が最も高く、15歳~34歳までの若者の死因トップが自殺であるのは、主要先進国の中で日本だけだといいます。
こうした現状から、控えめに言っても、若者にとって現代日本は生きにくさを感じる国だといえるのではないでしょうか。
年齢を重ねた分だけ給与や役職が上がっていく時代も、終身雇用が約束された時代も終わった今、未来に希望が見いだせない若者は、どう生きていけばいいのでしょうか。
Nさんのケースを振り返りながら、若者の貧困問題について一緒に考えていく機会にできたらと思います。
高校を卒業後、地元・沖縄を出て、愛知県の自動車部品メーカーに就職したNさん。家族や友人と離れ、社員寮で暮らす毎日に大変さを感じながらも、最初は希望を持って働いていました。しかし、うまくいかない人間関係などに疲れ、1年後に退職。そこから、自分の居場所を探し、もがく日々が始まります。
工場のライン工や害虫駆除、機械整備…1年ほどで職を変えながら、愛知と地元・沖縄を行ったり来たりする生活を続けていました。どの職場も、仕事そのものに馴染めなかったり、人間関係がうまくいかなかったりと、なかなか自分の居場所を見つけることができません。
そして2017年、Nさんを働くことから遠ざけてしまうきっかけとなる出来事が起こります。
それは愛知県の企業で働いていた頃のことです。ペアを組んで数ヶ月一緒に働いていた人から、突然無視されるようになったのだといいます。
「理由は本当にわからないんです…突然だったし。昨日まで笑って話したり、仲が良いと思ってたのに。自分が陰口を言ったこともないし…態度が悪かったんですかね?本当にわからない…」
元々人見知りの性格だったこともあり、この出来事をきっかけに人と接することが怖くなったというNさん。
その後、数ヶ月は頑張って働いていましたが、結局その職場を退職。会社の寮に入っていたため、仕事と同時に家も失うことになりました。
「仕事を辞めてからは、中古車を買って、1人で3~4ヶ月放浪してましたね。九州のほうに向かいました」
なぜ九州だったのか、質問してみると「楽になれる場所を探してたんですよね。結局は地元に戻っちゃったんですけど…」と俯きながら教えてくれました。
死に場所を探して、車で旅をしていたNさん。人と関わることへの恐怖は消えず、人ごみに行くとパニックになるほど精神的に不安定な状態が続いていました。
「このままではまともに働けない…」という大きな将来への不安と闘いながら、過ごす日々。しかし誰に状況を吐露しても、「若いんだから」という理由でなかなか理解してもらえません。Nさんはますます孤独を感じ、心身ともに追い詰められていきました。
そんな時、ある人の言動が、Nさんの生きる希望になったといいます。
「以前同じ職場で働いていた人とよく連絡を取っていたんですけど、ある時、“一緒に頑張らないか?”と言ってもらえて…その人と暮らすことになったんです」とNさん。彼も同じように精神疾患を患っており、Nさんにとっては同じ境遇にいる唯一の理解者であったそうです。
理解してくれる友人のもとで、心身の回復に努めたNさん。その半年間は本当に穏やかな日々だったといいます。
しかし、転機は突然訪れました。
「友人から、このままではだめだから、海外に行って働こうと思ってるって言われて。昔からの夢だって。それでその家を出ることになったんです。一応、一緒に行くかと誘われたんですけどね…」と語るNさんは2018年12月、茨城県内の無料低額宿泊所「つつじの郷取手」へ入所することとなったのです。
現在は心療内科への通院を視野に入れながら、つつじの郷取手で暮らしているNさん。友人との同居で少しずつ心の安定を取り戻してはいるものの、まだまだ人は怖いといいます。
「特に人ごみはダメですね。だから買い物も夜だけ。できれば、人に会いたくない」
とはいえ、早く働きたいという意志は強い。しかし、そのために心療内科の予約はしたものの、一歩が踏み出せないでいるのだとか。
まだ心と体が裏腹な状態であるにもかかわらず、なぜ早く働きたいのでしょうか。その答えは、生活保護を受けている現状、そして人に頼って生きていくことへの後ろめたさにあるようでした。
「また別の友人と一緒に暮らすっていう話もあるんですけど…でも迷惑はかけたくないし…人に頼らないで生きていきたいんです。だから精神面がもう少し回復したら…」と少し言いにくそうに話してくれたNさん。
―――頼りたいけど、迷惑になるだろうから頼れない。
友人とのつながりがNさんの心の支えになっているからこそ、日々葛藤を続けているのでした。
同じ境遇にある同年代に声をかけるとしたら?と聞いてみると「支えてくれる友達を大切にしたほうがいいということですかね。自分ももっと早くいろんな人に相談すればよかったと思っています」と答えてくれました。
人への恐怖を抱きながらも、人とのつながりをとても大切にしているNさん。彼が自信を持って、次なる一歩への選択ができるように、私たちは今後もできる限りの支援を続けます。
今後ますます経済格差が広がっていくことが予測されている日本。子供を含む「若者の貧困」は一層、社会問題になっていくに違いありません。
一方で、冒頭でも申し上げたとおり「若者の貧困」は世間一般的に理解されにくいのが現状です。しかし、働きたくても働けない状況にある若者を「若いんだから、働きなさい」と周囲の人間が頭ごなしに否定していては何も解決しません。
「まず助けます」という言葉がSSSの理念にはありますが、周りが「まず手を差し伸べること」が重要なのではないでしょうか。まずは受け皿となる側の人間の意識を変えていくことが求められていると感じます。
聞き手:竹浦史展、文:中村まどか
茨城県取手市取手1-5-11
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