高齢化が進むと共に、大きな社会問題として取り沙汰されることの多くなった「高齢者犯罪の増加」。
たとえば、2016年の高齢者検挙者数は、4万6977名。他の年齢層と比較しても最も多く、1997年の実に3.7倍の人数です。
※参考『平成29年版 犯罪白書』より
その増加率は高齢者の人口増の割合をはるかに凌ぎます。
※総務省統計局ホームページより算出
つまり単に高齢者の人口が増えたから、高齢者犯罪が増えたわけではなく、犯罪に手を染める高齢者が増えているのです。
「悪いとは思っていたけど、どんどんクセになっちゃってね」
そう語る今回のコラムの主人公Iさんも、万引きという犯罪を繰り返した過去を持つ1人。
その罪を償うために3 度刑務所に入った経歴を持つIさんですが、今は「もう絶対に万引きをすることはない」と断言します。そう言い切るIさんの瞳に嘘はないように見えました。
Iさんがそう固く決意したきっかけは「1通の手紙」だったそうです。
まずはIさんが初めて万引きをしてしまった頃のことに話は戻ります。
最初は、今から22年ほど前の1996年ごろ。自営で手がけていた左官業の会社を閉めたIさんは、月10日ほどアルバイトをしながら、何とか生活をしていました。お金に余裕はありませんでしたが、趣味のオートレースはやめられず、ますます生活は苦しくなります。そんな時、軽い気持ちからスーパーマーケットで食料品を万引きしたことがすべての始まりでした。
「悪いとは思ってた」「スリルやワクワク感があった」「どんどんくせになっちゃって」と話すIさん。警察の厄介になっても常習的に万引きを繰り返したIさんは、2001年、ついに実刑判決を言い渡されてしまうのでした。
刑期を終え、2002年に出所したものの、雇ってくれる場所もなく、生活が苦しかったことから、また万引きを繰り返してしまうIさん。
「お金を持ってスーパーに行ってるのに、商品を持ってそのまま出ちゃうんですよね。病気みたいな感じだったと思います」
ほどなくして逮捕され、2013年にまた刑務所へ。2度目の出所後、生活保護を受けたIさんは、SSSの施設に入所することになります。
今度こそ万引きを辞めるつもりで出所したIさん。SSSの施設にもなじみ、生活保護を受けていたため、お金にも困っていなかったといいます。
しかし、ある時、1人でスーパーマーケットに出向いたIさんは、また罪を犯してしまったのです。万引きGメンに声をかけられ、事務室へ通されたIさん。お金は持っていたため「弁償するから勘弁してください」と謝罪しますが、警察を呼ばれてすぐに逮捕されてしまいます。2度目の刑期を終え、2014年にSSSの施設に入所してからわずか2ヶ月後の出来事でした。
しかし、今回は今までと違い、「もう絶対に万引きをしないから、SSSの施設に戻りたい」と強く思ったというIさん。拘置所から弁護士を通じて「もう2度と悪いことはしない。できることなら、またSSSの施設(埼玉県内の無料低額宿泊所)に入れてほしい」と施設長に手紙を出します。
施設長から返ってきたのは「必ず受け入れできるようにするから大丈夫」という回答。
その施設長の返事を知った時のことをIさんは「ほんとはもう無理だと思っていた。施設に入ってたった2ヶ月でまた万引きしてしまった私なんて受け入れてもらえないと思ってたから、有難いですよ」と振り返っていました。
その後、刑務所から出所した後に引き受け先があるということが裁判で有利に働き、通常よりも短い刑期を言い渡されたIさん。
「裁判官にも“普通はもっと長いよ。あなたは珍しい。だから、今度こそ真面目にやってくださいね”って言われましたからね。施設長と弁護士さんは私の恩人ですよ」
「こんな私にこんなに良くしてもらって、また万引きをしたら、それはもう人間じゃない。裏切ることはできないですよ」
そんな強い言葉で語るIさん。刑務所では、刑期中に僧侶の説法を聞きに行ったときに習った座禅を組みながら「もう絶対にやらない」と毎日強く誓ったといいます。また、座禅を組むことで「恩返しをしなくては」「もっとちゃんとしなくては」という気持ちも強くなっていったのでした。
そして盆暮れには必ずSSSの施設長に手紙を出し、自分の想いを伝えていたIさん。約2年の刑期を終え、刑務所の門を出てすぐに連絡をとったのも、やはり施設長でした。
市役所に迎えにきてくれた施設長の顔を見た時「泣きそうなほどうれしかった」というIさん。施設長が最初に発した言葉は「絶対にもう悪いことをしたらダメですよ」というものでした。
改めて「この人をもう絶対に裏切れない」と誓ったIさんは現在、既に習慣になっているという座禅を組んだり、公園へ散歩に行ったり、ストレッチをしたりしながら1日を過ごしているといいます。
ここでの生活について聞いてみると「私はハウスクリーニングの仕事をしていたこともあるからね。キレイ好きでね。部屋も一番キレイなんじゃないかな?」と冗談めかして教えてくれました。
また、口数は多くない施設長ですが、毎日見守ってくれていることに安心感があるのだといいます。
「施設長も細かいこと言う人じゃないんだけど、顔を見ると“最近の調子はどう?”とか“体に気を付けて”とか言ってくれる。本当に温かい人なんですよ」と笑顔で語ってくれました。
そのため、今後について聞くと「やっぱり1人は寂しいから。ここにいたいよね。いくら体が丈夫っていっても、1人だとね…」と言葉を選びながらポツリ。
「ここにいたいけど、ずっといていいものなのか」という葛藤が感じられる表情に見えました。
Iさんが罪を何度も繰り返してしまったように、高齢者犯罪の最大の問題点は再犯率が高いことだといわれています。
そして、再犯率の高さの要因として指摘されているのが「孤独感や孤立感」。罪を犯して反省し、出所に至ったものの、1度間違いを犯した者への世間の目は冷たく、親族からすら縁を切られてしまう人も多いのだとか。圧倒的な孤独を味わった高齢者が、刑務所を「最低限の生活が保障され、人との関わりも持てる場所」として居心地が良くなってしまうのも、ムリはないのかもしれません。
「孤独」が犯罪を生む。そんな悲しいループは断ち切らなくてはいけません。SSSは、高齢化に伴って増えていく「孤独な高齢者」の受け皿としての役割も担っていく必要があると感じます。
聞き手:竹浦史展、文:中村まどか
取材日:2018.8.29
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