2018年6月。東京都目黒区で5歳の女児が両親から虐待をうけ、ノートに「おねがい ゆるして」と書き残して亡くなった事件が明らかになりました。
生活困窮者支援の現場では「関係性の困窮」という言葉がメジャーになっており、「経済的な困窮」のみ、つまり「お金がない」ことだけをもって人が生活困窮に陥るのではないと考えられています。
先の事件のような親から子への虐待。かけがえのない存在からの虐待は、命が危険にさらされるだけでなく、生きていく上で大切な関係性の喪失をも意味するのではないでしょうか。
今回の当事者インタビューは、親に虐待をうけて児童養護施設へ入所、その後、高校中退から「頼れる場所」を失った若者のお話です。
くったくのない笑顔。その笑顔からは想像もつかないような過去を話してくれたのは、Iさん(男性・21歳)です。
かつて生活していたという児童養護施設に入所したきっかけを尋ねたところ、その理由は親からの虐待でした。
当時、小学2年生だったIさん。母親のほか、血の繋がっていない父親と妹が2人という5人家族。自分の父親はどこの誰かわかりません。
その頃すでに母親のネグレクト(育児放棄)は常態化。
何人目かわからない義理の父親に手足を縛られ、口をガムテープでふさがれ、たびたび押し入れの天袋に入れられるといった日々。
なんとか小学校に通学すると、お腹を空かせ、弱っているIさんの様子を見かねた担任が親へ連絡。その連絡をきっかけとして、児童相談所が介入、一時保護、児童養護施設へとつながりました。
児童養護施設に2人の妹と一緒に入所したIさん。
その後、親との連絡は途絶えましたが、同じような経験をもつ子どもが多い環境の中で、「楽しかった」「わかりあえる」と高校に進学するまで施設生活を続けました。
ここで世間にあまり知られていない児童養護施設の入所要件に少しふれます。この施設は、原則として就学者が対象。言いかえると、高校や大学へ通学していることが前提とされています。たとえば、中退した場合は、仕事を探すなどして施設を退所しなければならないルールがあるのです。
Iさんは、高校に入学してはじめのテストで「全部赤点」だったことに加え、「施設にいることを友達に知られたくない」という恥ずかしさを強く感じていたため、このルールを承知のうえで高校を中退し、児童養護施設の退所を選択しました。
それから、友人宅を転々としながら仕事を探し、ほどなくして動物愛護団体への住み込みの仕事が決定。殺処分から犬や猫を救う仕事を続けましたが、拘束時間が長いことと給与が安いことを理由に「将来が見えない」と約2年で退職しました。
その後も18歳から21歳までの間に友人宅やネットカフェなどを転々としながら、コンビニやパチンコ店のアルバイトをする生活。
仕事も居場所も定着せず、不安定な状態が続きます。
「いざという時に頼れる場所がなかったことが一番キツイ」と振り返るIさん。
ついには生活が立ちいかなくなり、最寄の市役所に相談しました。
そして、生活保護を担当するケースワーカーから生活に困窮した人の自立を支援する施設「かまとり荘」(千葉県内の無料低額宿泊所)の情報提供を受け、入所へとつながりました。
かまとり荘に入ってみると「懐かしい感じがした」「(集団生活に)慣れてる」とかつての児童養護施設と同じような居心地のよさを感じましたが、その感覚とは反対に「仕事をして早く出よう」とすぐに決心しました。
というのも、以前からIさんには「高齢でもなく病気でもないのに恥ずかしい」という生活保護に対する羞恥心があり、「働かなくてもこのままでいいとなってしまうのがイヤ」だったから。
生活が落ちついてきたところで、早速コンビニのアルバイトを開始し、経験者であり即戦力でもあるIさんは、「頑張っている」「頼りになる」とマネージャーやオーナーからも期待され、出勤日や勤務時間を徐々に増やしてもらえるようになりました。
これまで紆余曲折ありながらも、爽やかな笑顔で前向きな印象のIさん。
本来であれば、もっと悲壮感を漂わせていたり、ひねくれていてもおかしくないのではと感じます。
なぜ、笑顔でいられるのか理由を尋ねてみると、今も連絡を取り合っている妹達にずっと頼りにされてきたことに加え、「接客の仕事で自然に身についた」と話してくれました。
さらに、前向きな姿勢でいられる理由は、「親と同じようになりたくない」という強い気持ち。
Iさんは自分の母親が食事を作っているところを見たことがありません。
食事はいつも「牛丼、弁当、なしのどれかだった」ことから、友達の家に行って「うらやましい」と思ったことが何度もありました。
「自分の子どもには、同じような人生を歩ませたくない」
バイト先でも頼りにされはじめ、このまま順調にいけば、生活保護を脱却することができそうなIさん。
「頼れる場所」がなかったIさんが将来、周囲の人達や自分の子どもに「頼りにされる存在」になれるよう後押ししたいと考えるのは私だけでしょうか?
文(聞き手):竹浦史展
取材日:2018.6.12
千葉市緑区鎌取町2876-11
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