生活困窮状態になった時のよりどころとなる生活保護。
生活保護制度は、憲法第25条(生存権)の理念に基づくとされていますが、
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」
という条文の意味を正しく説明できる人はどれくらいいるでしょうか?
個人的な意見にはなりますが、この一文に示されるキーワードのうち特に「文化的」という部分があいまいで何を指すのか「よくわからない」と感じます。
今回の当事者インタビューは、左足を失って救護施設※1で生活するようになった男性が無料低額宿泊所に移動し、自分らしい生活を模索するお話です。
※1 身体上又は精神上著しい障害があるために日常生活を営むことが困難な要保護者を入所させて、生活扶助を行うことを目的とする施設
Sさん(男性・68歳)が茨城県内の救護施設に入所したのは、左足のヒザから下を切断する手術をうけ、義足をつけた2010年のことでした。
Sさんは長年、電子機器の設計や製造などを経験。
派遣会社の雇止めにあって失業中、眠ることができないほど左足にしびれを感じるようになり、ついには救急車を呼びました。
しびれの原因は「下肢急性動脈閉塞」
簡単に言えば足の動脈がつまり、血液が循環しなくなってしまうもので、Sさんの場合は壊死まで起こしていた部分を切断せざるを得ない状態でした。
実は切断にいたる前にも両足の血栓を取り除く手術をうけていたSさん。
「貯金がいくらあっても足りない」と、3度目の手術の支払いが困難だったことから生活保護を申請し、退院後の行き先もなかったため、救護施設に入所することになりました。
救護施設の人員体制は手厚く、介護的なケアができる職員が十数名、看護師も常駐し、医師の定期診察も受けることができました。
6畳ほどの個室で生活をはじめたSさんは、2011年の東日本大震災をこの施設で経験し、「ひとりでは食料を確保できなかったと思う。それは良かった」と振り返ります。
しかし、手厚い人員体制の一方で不自由な部分もありました。
例えば、個室であっても「自殺防止」という理由で窓は10cmほどしか開けることができない。
エアコンも自由には使えず、廊下などの共用部は冷暖房が効いていても居室のものは7年間の入所期間でONになったのは3度か4度だけ。
そして、さらに電話や外出は許可制で事実上、認められていませんでした。
この救護施設が位置する広大な敷地の中には、専門学校や病院のほかコンビニや農場まであり、一見すると敷地外へ出る必要のない完結した場所でしたが、Sさんにとっては自由のない閉鎖的な「牙城」のように思えました。
「早くここを出て、ひとり暮らしをしたい」
Sさんは救護施設の職員に希望を伝えるだけでなく、生活保護を担当するケースワーカーとの定期面談のたびに退所の希望を伝え続けました。
そして、入所から7年という歳月が経過した2017年12月、
「(足の状態からすると)ひとり暮らしはすぐには難しいと思うので、いったん無料低額宿泊所に入ってみては?」というケースワーカーからの提案を受け、やまゆりの郷桜川(茨城県内の無料低額宿泊所)に入所することを決めました。
やまゆりの郷では門限などの施設ルールはあるものの、以前の救護施設より自由度の高いユニットバスつきの個室で生活し、今後のひとり暮らしにむけたステップを踏むことになりました。
このような生活を送ってきたSさんですが、救護施設の時代から現在を通じて、かなり「文化的」と感じることのできる趣味を持っています。
それは、足の切断をきっかけとして創作するようになった「詩」。
読書はもちろん、川柳、俳句、短歌をおもしろいと感じる中で、Sさんは特に詩をつくることに意欲的に取り組んできました。
そして、詩をつくると新聞社に月4、5通を投稿。
「新聞に掲載されるのはすごく難しい」ということですが、3、4か月に1回は詩壇のコーナーに掲載され、その中から特に優秀な作品に贈られる「前期賞」を受賞したこともあるほどです。
Sさんが少し不思議に思っているのは、やまゆりの郷に移動してきてからというもの、「詩想※がぜんぜん思い浮かばない・・・」ということ。
※詩を生み出すもとになるような感情・思考
以前は共用だったテレビも現在は専用のものがあり、朝ドラくらいしか見ていないとのことですが、自由度が高くなると同時に外出も多くなり、身のまわりのやるべきことも増えました。
もしかすると、ある種の制約がある中の方が思索にふける時間も多く、救護施設にいた時の方が詩を創作するうえでは適していたと考えることはできないでしょうか。
やまゆりの郷に移動してすぐの2018年1月、Sさんの体に新たな変調が見つかりました。
義足と反対の右足に違和感を覚えてCT検査をうけると、左足と同じく閉塞がはじまっていることがわかり、これから本格的な検査をうけることに。
こうした状況から、Sさんは、
「ひとりで食事を作ってというのは不安」
「現状維持なら可能だけど、悪化したら体がついていくか・・・」
と、これまで望んできたひとり暮らしについて悩みはじめました。
生活保護をうけることを前提とした場合、「救護施設」「無料低額宿泊所」「居宅」という3択のいずれで生活するとしても、「健康で文化的な最低限度の生活」という理念は変わりのない共通したものです。
しかしながら、その居住環境や人員体制、自由度の高さは千差万別となり、
どれを選択し、何をもって「文化的」なのかは生活保護をうける当事者自身にゆだねられているのではないでしょうか?
※Sさんの承諾を得たうえで代表作を紹介させていただきます↓
文(聞き手):竹浦史展
取材日:2018.03.26
茨城県桜川市真壁町飯塚1002-1
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NPO法人エスエスエス 茨城支部
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