2018年春、決済文書の書き換え等で国会審議に影響を与えている「森・加計問題」。SSSの運営する無料低額宿泊所の利用者の中で、関連する報道に人一倍関心をよせる男性がいます。
その男性はKさん(60歳)。
驚くべきことに、かつて中央省庁の中で働いていたことのあるKさん。
まさに日本の将来をつくっていくような仕事をしていたことがあります。
今回の当事者インタビューは、国家公務員をやめて派遣社員となり、体調不良(変形性股関節症)が原因で生活に困窮した男性のお話です。
SSSの利用者の中で元公務員や会社経営者であった人も一定数、存在しますが、元国家公務員、それも中央省庁で働いていた人は皆無に等しい存在です。
生活困窮に陥った原因とは直接的な関係はないかもしれませんが、まずKさんが中央省庁に入った時から遡りたいと思います。
Kさんは、とある県の出身。高校時代に受けていた公務員試験の全国模擬では、県内の順位が1位か2位、全国の順位も20番以内と極めて優秀な成績をおさめていました。
しかし、残念なことに、いくら優秀でも家庭の経済的な事情により大学進学を諦めざるを得なかったKさん。それでも、国家公務員を目指して試験を受け、4つの省庁の選抜に残り、最終的にはX省より合格の知らせを受けたそうです。
X省に入ってから18年間は国家公務員として仕事をしました。
転機となったのは最後の3年間にかかわった上司とのトラブル。
「仕事第一優先」をモットーとする上司。その価値観についていくことができず、いつもKさんと上司はぶつかっていました。
例えば、この上司は自分の奥さんが倒れても「自分で救急車を呼べと言ってきた」と休まずに出勤し、「家族を養っているんだから、仕事以外のことを犠牲にするのは当然だ」と周囲にゲキを飛ばすのでした。
忙しい時の残業や休日出勤に不満のなかったKさんでしたが、個人的な理由で休みを取ろうとすると、上司から理由をしつこく聞かれ干渉されることもしばしば。
「そんな考えなら辞めてしまえ」「そんなんじゃどこの会社でも通用しないぞ」
度重なる口論のすえ「あなたの考え方がおかしい」と、当時、気が短かったというKさんは、先のことを考えず、勢いで国家公務員を辞めてしまいました。
国家公務員をやめたことを「大丈夫なのか?」と心配する両親をよそに、Kさん自身は、運動不足から肥満気味になっていた体を絞りたいと考え、派遣会社に登録。
これまでの仕事はとはまったく違う宅配便の仕事につきました。
いま思えば、多少の貯金があり、「長くいるつもりはなかった」という仕事。
しかし、その考えとは裏腹に職場での人間関係は深まり、派遣社員でありながら、配送助手、仕分け作業、荷受け・出荷の準備とひと通りの仕事を経験し、最終的には自分よりも若い正社員を指導する構内作業の責任者にまでなっていました。
勤務時間は朝9時から夜10時、休みは1週間のうち土曜だけ。
このような熾烈な勤務を当時、社会保険のない派遣社員という立場でKさんは18年ほど続けました。
しかし、50代後半になっていたKさんは2つの問題を抱えていました。
1つ目は、人には言えない事情で10年ほどサウナ暮らしをしており、いわゆる「住所不定」であったこと。
2つ目は、そのような状態で国民健康保険料も支払っておらず、保険証をもっていなかったこと。
それまで、サウナ暮らしに将来の不安を感じながらも体に悪いところがなく激務にも長年耐えてきたKさんでしたが、ある時からだんだんと腰痛に悩まされるようになります。
腰の痛みは「業界の職業病」。そう考えていたKさんは市販の湿布を貼ってごまかしていました。しかし、左足を動かすたびに痛みが走るようになり、やがてはあまりの痛みに歩くことができなくなってしまいました。
そして、病院を自費で受診すると病名は「変形性股関節症」
Kさんが腰痛と感じていた痛みのもとは股関節が変形して、大腿骨がはずれていることが原因だったのです。
「変形性股関節症」から歩行困難になってしまったKさんは、長年勤めた派遣の仕事をやめざるを得なくなり、医師からは手術が必須と診断がありました。
その手術費用はとても自費で賄える金額ではなく、医師からの勧めもあって区役所に相談することにしました。
もともとサウナ暮らしで住む場所のなかったKさん。
最寄の区役所を訪れると、生活保護を担当するケースワーカーが親身になって相談にのってくれ、足の状態がよくないKさんでも住むことができる場所を探してくれました。そして、たまたま1階に空きのあったA荘(東京23区内の無料低額宿泊所)への入所が決まりました。
A荘の利用を開始してから、1年間に片足ずつ合計2回の手術を受けて、人工関節を入れたKさん。「まずは体を治すことが第一優先だよ」と施設長から入退院の手続きや通院同行といったサポートを受け、現在は順調に回復しています。
現在、担当ケースワーカーからはアパート転宅を勧められているKさん。
2018年2月に還暦を迎えましたが、脳裏には、過去に職人として生涯現役で働き続けていた父親の姿が焼きついています。
「自分を歳だと認めたくない」
「まだ若いんだから自立できるんじゃないか」
という思いから、アパート転宅したあとに仕事を探すつもりでいます。
Kさんに過去を振り返って何が一番の問題だったか尋ねると、
「国家公務員を辞めたことではなく、辞めたあとが大事だった」
「将来のビジョンを考えてちゃんとした仕事につけばよかった」
という答えが返ってきました。
また、「(どんなに優秀な人であっても)住居、社会保険、住民票など最低限のものを失うと、どんどん悪い方に向かっていく」と話してくれたKさん。
どんなに学力があっても、どんなによい仕事についても、生活に困窮する可能性はある。
私達にとって、これ以上の教訓はないかもしれません。
文(聞き手):竹浦史展
取材日:2018.03.22
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