みなさんは、「がん」と聞いてどんなことを思い浮かべますか?
「がん」と聞くと「死」をイメージする人が多いかもしれません。
しかし、国立がん研究センターの情報によれば、がんと診断された人の5年生存率は約6割。
※『がん情報サービス』https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html 意外にも「がん=死」ではないことがわかるのではないでしょうか。
困窮者支援の現場では、がんを患った当事者とたびたび出会います。
今回の当事者インタビューは、ホームレス生活を脱却すると同時にがんが見つかり、一命を取りとめた男性のお話です。
Oさん(男性・68歳)がホームレス生活を送っていたのは7年ほど前のこと。
体調不良から防水工事の仕事に行くことができずにアパートの家賃を滞納し、「取り立てがきたらイヤ」「帰りたくない」と野宿したのがきっかけでした。
6か月ほどのホームレス生活では約8万円の現金を頼りに自転車で移動。
「木の多いところ」をたどり、埼玉県の南西部からさいたま市内の別所沼公園までやってきました。
この公園には当時7、8人が野宿しており、昼間は働き夜に戻ってくるという人が多くいました。
それに対し、Oさんはというと、「体がだるく動けない」「血尿がでている」という状態。でもなぜか真冬に寒さを感じることがなく、風邪も引かないという不思議な感覚を味わっていました。
カサを6つ並べて自転車用のカバーをかける。これがOさんの寝床。
食事は近所のお弁当屋さんから大量に廃棄されるごはんやお弁当。
左足がむくみ、まるで鏡モチのように2段に腫れ、靴をはくことができずレジ袋を足に巻いている。
そんな生活を送るOさんに声をかけてくれたのは、さいたま市のホームレス巡回相談員をしているYさん(女性)でした。
Yさんは、ほぼ動けない状態のOさんを心配し、SSSがホームレス生活を送る人のために実施している「入浴サービス」を紹介。
さらに、「入浴サービス」と連携がはじまっていた済生会川口総合病院による「無料低額診療」へとOさんはつながりました。
これら一連の流れをきっかけとしてホームレス生活を脱却し、川口寮(埼玉県内の無料低額宿泊所)に入所したOさん。
入所して間もなく、無料低額診療の結果が判明しました。
診断名は腎臓がん。すぐに摘出手術を行わなければ危険な状態。
ただちに腎臓と尿管を摘出する手術を受けることに。
手術は無事に成功し、2週間ほどで退院。
そこから3か月ごとに経過観察のため通院していましたが、今では6か月ごとの通院でよくなりました。
がんと聞いた時、Oさんは「終わったな」「もうすぐ死ぬ」と血の気が引いたそうですが、術後、がんは転移しておらず、7年以上たった今でも再発していません。
がんを摘出し、「寿命がのびた」と話すOさんは、ホームレス巡回相談員のYさんをはじめ、かかわった周囲の人に対する感謝の気持ちを忘れていません。
こうした気持ちもあり、他の利用者の送迎ボランティアとして施設車両の運転を手伝ってきました。
過去には左官や防水工事で首都圏を飛び回り、高層ビルを中心に皇居内や最高裁判所、府中刑務所など誰もが聞いたことのあるような建物の工事にもかかわった経験のあるOさん。
「色んなところに行くのが好き。楽しいし、おもしろい」と、70歳になるまでは運転の手伝いをするつもりでいます。
がんが治るということ。それはもちろん幸運なことですが、少なくとも困窮者支援の現場では、それで終わりではありません。
どうしてもがんのインパクトが強烈なせいで、
「これにて、めでたし、めでたし」となりがちですが、
私はインタビューを終えて「何かが引っかかる」と、その答えを探していました。
例えば、Oさんががんではなく、肺炎や糖尿病だったとしたらどうか?
何が言いたいのかを説明します。
つまり、病気の種類や重大さとは関係なく、もしその病気が治り、日常生活を取り戻すことができる病気だとすれば、治療の先にはその人なりの自立へむけたサポートが必要になるのではないでしょうか。(もちろん、治療と並行して考えるものですが)
Oさんは、送迎ボランティアを6年ほど経験してきた中で、年をとってから病気になり、入院先などで亡くなった人を大勢みてきました。
そして、時にそうした人の看取りに立ち会うこともあり、自分自身に置き換えて考えると、将来をどうすべきかなかなか良い考えが思い浮かびません。
また、過去に遺品整理のアルバイトをした経験もあるというOさん。
人が腐乱した状態や白骨化した状態で「孤独死」したあと、どんなに片づけが大変か知っていると話してくれました。
「死んだらすぐに見つけてもらいたい」
「アパート生活では、どういう死に方するか分からない」
「人がいっぱいいるところがいい」
「最後に人に迷惑をかけたくない」
こうした感覚は、誰しも少なからず持っているもの。
もしかすると、孤独死に対する恐怖をぬぐいさることは、治る可能性のあるがんを克服すること以上に難しいことなのかもしれません。
文(聞き手):竹浦史展
取材日:2017.12.13
埼玉県川口市江戸3-34-3