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更新日:2018.04.11

「期待に背くことはできない」
裁判官が導いた自立への分かれ道

当事者インタビュー:Sさん(男性・65歳)

#東京 #60代 #路上生活 #万引き

運命の分かれ道

Aという道とBという道。
「振り返れば、あそこが分岐点だった」
そう感じるような運命の分かれ道を誰しも1つぐらいは、長い人生の中で経験するのではないでしょうか?

私はスピリチュアルな経験はありませんし、その手の話は得意ではありませんが、その時に自分自身が岐路に立たされている実感がなくても、「何かに導かれるように幸運を手にしていた」ということがあり得るのではないかと考えています。

まさに「不幸中の幸い」
今回の当事者インタビューは、ホームレス生活の中で万引きをしてしまい、1人の裁判官と出会ったことで自立に向かうことになった男性のお話です。

タクシー運転手からホームレスへ

明るくハキハキとしゃべる元タクシー運転手。Sさん(男性・65歳)です。
過去に運転手として20年以上の経験がありましたが、居眠り運転が原因で商店街のアーケードの支柱に激突する大きな事故をおこしてしまいました。

もともと折り合いが悪かった部長から「しばらく乗せない」と自宅待機を命じられ、半年ほどたつと「辞めてもらう」とブラックな扱いを受けました。

人手不足のタクシー業界。「すぐに就職できる」とタカをくくっていたSさんは退職に応じましたが、良い返事をくれるタクシー会社はありません。

それもそのはず、横のつながりのあるタクシー会社では「退職の理由はなんでしたか?」と元の会社に問い合わせることがよくあり、大きな事故を起こしていたSさんを部長がよく言うはずがなかったのです。

空腹から万引き

結局、Sさんはタクシー会社を辞めてから再就職ができず、住んでいたアパートの家賃を3か月滞納。強制執行をうけて退去することに。
「昼は図書館で過ごし、夜は公園で寝る」というホームレス生活を送ることになってしまいました。

たとえ帰る家がなくても、ひと月あたり42,000円ほどの年金で食べていくことができていましたが、頼みの綱だったキャッシュカードをとある日になくしてしまいます。

「1日1食。安い100円くらいのパンを買って図書館で食べてた」
「慣れればなんとかなるもんだ」と考えていたSさんでも、持っていたお金がジワジワと減っていきました。

4か月目を迎えていたホームレス生活。
身分を証明できるものはなく、キャッシュカードの再発行も難しい。
ついに空腹に耐えきれずパン1個と牛乳を万引きし、逮捕されるに至りました。

意外な裁き

逮捕後、留置所で1週間ほど過ごしていると、犯した罪が大きくなかったことと反省が認められ、Sさんは起訴を免れることになりました。

本来であれば行くあてのないSさんは、釈放されても元のホームレス生活に後戻りするところでしたが、裁判官から思いがけない提案がありました。

「私の助手を同行させるから一緒に区役所の福祉課に相談しなさい」
Sさんはこの提案に驚きましたが、言われるがまま福祉課へ。

そして、福祉課では「優しい施設長がいるから紹介します」と、生活に困窮した人の自立を支援する「大泉荘」(東京23区内の無料低額宿泊所)に入所することになりました。

再び地域のアパートへ

振り返れば、生活保護や施設のことを正確に理解していた訳ではありません。
それでもお世話になった裁判官のことを信じる一心でSさんは施設生活をスタート。

「屋根つきで食事がでるだけで御の字」
「裁判官の期待に背くようなことはできない」
と住宅街の中で静かな施設生活を送りはじめました。

それから9か月が経過。

Sさんの生活にまた新たな変化が訪れようとしています。
特に体に悪いところもなく、生活習慣にも問題がないSさんは、11月に都営住宅の申し込みを行い、12月末の抽選結果を待つことになったのです。

そして、生活保護を担当するケースワーカーからは、「もし抽選がはずれたとしても地域のアパートを見つけよう」という言葉をもらっています。

分岐点はどこか?

もし、Sさんがキャッシュカードをなくしていなかったら...
もしかすると、ホームレス生活をまだ続けていたかもしれません。

万引きはもちろん肯定できませんが、捕まったことを1つのきっかけとして裁判官と出会い、福祉制度や施設とつながり、地域生活へ戻ることができる見込みとなったのです。

東京都内の私立大学を卒業し、営業職を経験。
かつては、コンクリート製品の会社をおこし、社長をしていたこともあったSさん。部下の持ち逃げがもとで倒産し、多額の借金を抱えることに。

タクシー運転手としてまじめに働いて借金の返済を続けていたため、
「個人タクシーを目指すための資金に手が回らなかった」と言います。
本来であれば、定年のない個人タクシー運転手として自分のペースで働くことができ、その収入と年金をあわせて生計を立てられたはず。

あらためて再就職を目指し「生活保護を脱却=経済的な自立」を目指すか?
Sさんにとって、また次の分岐点が訪れているのかもしれません。

もしかすると、いまこの時、あなた自分自身も分岐点に立たされている可能性があることに気づいていますか?

文(聞き手):竹浦史展
取材日:2017.12.05

大泉荘(無料低額宿泊所・定員31名)

東京都練馬区大泉学園町3-3-26
[お問い合わせ]
NPO法人エスエスエス 東京支部
0120-346-850

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