NPO法人エスエスエスが運営する無料低額宿泊所。
「ネットカフェ難民」「格差社会」「ワーキングプア」といった言葉が社会に認知されていくのと同時進行で若年層の利用も増加傾向にあります。
中高齢者とくらべて比率は少ないとはいえ、生活困窮者を対象とした施設を利用する若者はどのようなきっかけで自立していくのでしょうか?
今回の当事者インタビューは、幼少期に生活保護を受ける家庭で育ち、その後、児童養護施設の入所経験をもつ20代男性のお話です。
「ワックスがけとか窓ふきは角が丸く残ってたらスグにわかる」
「コンクリートのエントランスは高圧洗浄機の当て方で汚れやコケの落ち方にムラができる」
これまでの仕事で一番やりがいを感じた清掃業が「天職」だと楽しそうに話すのは、Mさん(23歳・男性)です。
清掃の仕事をはじめたころは、上司達に毎日のように怒られたと言いますが、もともと負けず嫌いな性格。「すぐに辞めたくない」と出勤初日から3週間、1日も休まず出勤し、それ以降も自分から休みたいと言ったことはありませんでした。
それから1年半。
「いつか絶対に見返してやる」と忍耐強く先輩のやり方を見て学び、大きな現場を任されるリーダーへと成長したMさん。
その実力は、新たにエリアの拡張を予定する会社から「そこでアタマをやって欲しい」と言われたり、独立を計画する先輩に「一緒にやらないか?」と誘われるほどでした。
ところが、突然のことです。
Mさんは職場で問題を起こし、せっかくの仕事を辞めてしまいます。
その原因は、職歴も年齢も5年ほど上の先輩とのトラブル。
もともと口が達者でいながら仕事に身を入れない先輩が気に入らず、そんな先輩から上からものを言われることにもイライラ。
とある日、ついに我慢することができず口論から殴りつけてしまいました。
勢いあまって自分から「もうやってられない」と切り出して退職。
いま思えば「自分がキレたのが悪かった。もっとガマンすればよかったし、謝って仕事をつづけるべきだった」と後悔しています。
Mさんの「気持ちの強さ」の原点とも言える生育歴にも少し触れます。
幼少期に両親が離婚。母親、祖母、弟と4人暮らしをしていましたが、母親はうつと膠原病で働く時間がかぎられ、祖母は認知症とMさんは生活保護を受ける家庭で育ちました。
小学校時代から家族の食事を用意することをはじめ、大人がするような生活保護の収入申告や家賃滞納時の不動産会社とのやりとりなど、「面倒なことは全部、自分だった」と言うMさん。
中学3年になった時、母親と祖母の体調が悪化し、2人とも同時に入院。
母親の入院手続きを最後に、Mさんは2歳下の弟と児童養護施設で暮らすことになりました。
周囲からは「大変だったね」と声をかけられましたが、
「そういう環境があたり前」で「特別がんばった自覚はない」と言います。
Mさんは高校卒業と同時に18歳で児童養護施設を退所。
飲食店の料理人やキャバクラの用心棒などを経験し、夜の仕事をやめた後に巡りあったのが清掃業だったのです。
せっかく自分にあっていた清掃の仕事を辞めてしまったMさん。
3か月ほどで生活費が底をつき借金もするようになりました。アパートにも帰ることができなくなり、ついにはネットカフェで過ごすようになります。
インターネットで東京多摩地区で活動するホームレス支援団体を検索。
とあるNPO法人を介して生活保護の相談のため市役所を訪れ、SSSの運営する「芝久保ハイツ」(東京都内の無料低額宿泊所)に入所することが決まりました。
施設に入ると、20代の利用者は自分ひとり。50代~70代がほとんど。
自分の父親やおじいちゃんでもおかしくない年齢の人達と接して、
「みんなかわいそう」「不器用な人が多い」などと直感的に思いました。
それから、自分自身の生活を落ちつけ、債務処理の相談をしながら半年ほどが経過した頃、Mさんは調理スタッフの欠員を知り、自発的に手伝いを申し出ます。
年齢からすると一般の就職先を探し、なるべく早く自立退所を目指すべきところ。
しかし、「人の世話をやくのが好き」というMさんは、生活保護の担当ケースワーカーとも話し合い、一定期間を要する自己破産の手続きが完了するまでは施設の調理スタッフ、完了したら就職活動という見通しを立てました。
過去の清掃業の退職理由を「先輩が悪い」「あいつのせいでこうなった」などと、施設に入所してからも人のせいにしていたMさんでしたが、調理スタッフとして働き、他の利用者のサポートをする側にまわるうち「価値観が変わった」と言います。
利用者間のトラブルの仲裁をすると「いい大人なのに」「あたり前のことがあたり前にできない人もいる」「悲惨」などと感じ、
しかし、「それは自分も同じだ」と気づきました。
「結果論、自分が悪い」
「つまらないプライドで突っぱった結果、現状から逃げた」
「自分のケツを自分で拭き切れない。情けないしかない」
Mさんは生活保護をうける自分を人生の先輩達に重ね合わせ、自分を頼ったり、期待してくれる人の気持ちにこたえるため、もう一度、清掃の仕事に戻ろうと考えています。
生活に困窮し、社会から孤立する若者が自立していくことは簡単ではありません。
本人が気づきを得ることができる環境に身を置くことも、自立にむけた1つの足がかりになるのではないでしょうか?
文(聞き手):竹浦史展
取材日:2017.10.20
東京都西東京市芝久保町4-2-9
[お問い合わせ]
NPO法人エスエスエス 三多摩支部
0120-127-374