ひと昔まえ、現役引退といえば還暦を迎える60歳。
最近では、定年退職の年齢を引き上げる企業も増えはじめましたが、年金の正式な受け取りは65歳から。
この微妙な空白期間がセカンドライフのスタートと重なる人も多いのではないでしょうか。
しかし、心身が健康、十分なお金がある、家族がいて住まいがあるというように恵まれた人ばかりでないことは、生活保護受給者のうち「高齢者世帯」が増加していることからもわかります。
今回の当事者インタビューは、「バラ色の人生」とは真逆。
一度は家賃滞納から「家がない」状態となりながらも、自立支援施設を利用して経済的な自立を果たす男性のお話です。
「運転手のおじさん、こんにちは!」
元気の良いサッカー少年少女のあいさつがバスの中に響きわたります。
小学生の授業が終わる放課後、フットサルスクールに通う子ども達がにぎやかに乗り込む送迎バス。マイクロバスのハンドルを握るのは、Kさん(男性・60歳)です。
生活保護を受けているKさんが車の大型免許をいかせるこの仕事を見つけたのは3か月前。生活に困窮した人の自立を支援する施設「市川荘」(千葉県内の無料低額宿泊所)に入所してから2年半が経過し、還暦を迎えてからのことでした。
そもそもKさんは、なぜ市川荘に入ることになったのでしょうか。
Kさんの前職は新聞販売店の配達拡張員。足かけ17年の経験があります。
最後に勤めていたのは4つ年上の先輩が独立した販売店。
先輩の求めに応じて系列店から移籍しましたが、売上の柱である折込チラシの受注が思った以上に伸びず、数年で倒産となってしまいました。
これまで会社と折半で支払っていた家賃も全額負担することとなり、失業手当が終了するころには家賃滞納せざるを得なくなりました。
立ち退きを迫られたKさん。同じく失業した販売店の同僚から生活保護のことを聞き市役所へ相談。生活保護の申請と同時に市川荘の利用を開始しました。
市川荘に入所したころ、Kさんの体調は最悪。
新聞販売店のころのムリがたたったのと、飲酒量が増えていたことから、血圧の数値が異常を示し、家庭用の血圧計がエラーになるほどでした。
半年ほどの通院と服薬で血圧が落ちついてくると、主治医から「運動をかねて軽めの仕事をしてみては?」と勧められ、好きな時間に自分のペースでできるポスティングのアルバイトをすることにしました。
昔から誰かに指示されるのではなく、任せられた仕事を自分なりにこなすのが好きだったKさん。ポスティングを2年ほど続けるうちに血圧は正常な値に近づきました。
時間はかかりましたが健康を取り戻したKさん。
ポスティングの次の段階として運転の仕事を探し、新聞の折込広告で見つけたのが送迎バスの運転手でした。
送迎バスの仕事は平日の午後2時半から夜9時すぎまで。
ひと回り30分ほどのルート。休憩をはさみながら合計7便を担当します。
はじめたころは、活発な子ども達のイタズラに手を焼き「1か月もたないかな」と不安を感じていましたが、ルートを覚えると同時に自信が持てるようになり、今では「悪いことはハッキリしかってやってください!」とお母さん達から言われるほどに。
給料も15万弱もらえることで、最低生活費の基準をこえ、ついに9月は生活保護を一旦停止。仕事が引き続き順調なことから、月末には正式に生活保護を卒業できる見込みです。
生活保護を脱却し、経済的な自立を果たすことになったKさん。
残る問題は住まいのことです。
市川荘の生活を振り返ると、何かと親身になって相談にのってくれる施設長の存在や雑談や散歩を一緒に楽しむ仲間の存在が大きかったと言います。
「話し相手がいないのは、さびしいところもでてくる」
それでも、離婚後はなれて暮らす息子に自立してアパートで生活することを報告。「お父さんが引っ越したら遊びに行くからね」という言葉を胸に、定年退職のない送迎バスの仕事をできる限り続けようと考えています。
Kさんは市川荘の不満として、唯一、部屋の狭さを口にします。
ガイドラインに適合しているとはいえ6畳間を間仕切りした「簡易個室」は隣の人にも気を使いながらの生活でした。
はじめは「どういう施設なのか?」と思いましたが、いまでは「こういう施設があって良かった」と感じています。
「もし市川荘と生活保護がなかったら、血圧の病気を治すどころではなく、ムリをしてでも他の仕事をすぐに探さなくてはならなかった」
Kさんは、このインタビューから数日のうちに、生活保護を担当するケースワーカー、施設長と3人で再スタートを切るアパートの相談を予定しています。
同じような境遇にある人へむけた経験者Kさんの言葉。
「恥ずかしいとかじゃなくて、1からやり直した方がいい」
人生の再スタートに何歳からという決まりはないのではないでしょうか?
文(聞き手):竹浦史展
取材日:2017.09.22
千葉県市川市欠真間2-3-3
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