更新日:2018.11.14
当事者インタビュー:Aさん(女性・63歳)
前回の「『生活保護受給は、自分の生き方に反する』自力で数億円稼いだ経歴を持つ女性の意地(前編)」では、Aさんが自分で開業した寿司屋を閉店し、芸者として生きていく決意を固めたところまでお話しさせていただきました。
今回は、芸者として懸命に働いた後、余生を楽しもうと1人旅に出た彼女を襲った悲劇の話をしたいと思います。数億円も自力で稼いでいた彼女は、なぜ生活保護受給に至ったのでしょうか?
息子との縁切りという“けじめ”をつけたAさんは、その後、本格的に芸の道へ。1年修行をした後、初めてお座敷に出たのは43歳の時でした。
40代でのデビューは遅いのではないかと思い疑問をぶつけてみると「むしろ私が一番若かったのよ。福沢諭吉に会ったことがあるっていう100歳を超えたお姉さんが現役で働いているのが芸者の世界だから、私なんて下っ端。だけど若いから、とにかくたくさんお座敷に出て稼いだのよ」と語るAさん。
一人前になってからは、赤坂や神楽坂などの料亭はもちろん、地方にも出向き、1日3本ほどお座敷に出る毎日。数時間の睡眠時間しかとれず、正月すらもお休みがないほどの忙しさで、まさに寝る間も惜しんで働いたといいます。
結果、当時の月収は多い時で1000万円。年収は1億円を超えていました。
「とにかく働いていたい、動いていたいっていう性分なんだよね」と笑って語るAさん。
彼女を突き動かしていたのは、「息子に恥じた人生を送りたくない」という想いとどんな時でも黙々と農業に取り組んでいた父親の背中から学んだ「働くことの尊さ」だったのかもしれません。
一生懸命に働き、老後のためのお金も貯めたAさん。還暦になったのを機に、きっぱりと芸者の道から退きます。
「これまで頑張って働いたから、3年くらい、美味しいものでも食べながらぶらぶらしようかな」と1人旅に出ることにしました。
現金主義だったAさんは、旅行カバンに3年分の旅費と考えていた「1500万円」をそのまま詰めて出発。そんなAさんを、置き引き犯は狙っていたのかもしれません。公衆トイレに行った際、ほんの少し目を離した一瞬のすきにカバンは忽然と消えていたのだといいます。
あまりのショックに頭が真っ白になったAさん。自分の名前も思い出せないほどの状態となり、無意識に死に場所を探して歩き始めたといいます。人に迷惑をかけずに命を絶てる場所を求めて、ひたすら人気のない道を進んでいったそうです。
しかし心地よい風や澄んだ星空といった自然を感じるうちに「人間の命はそう簡単に止められない」と思い直します。
精魂尽き果てて途方にくれていたところを警察に保護されたAさんは、ケースワーカーを通じてSSSの女性施設へと入所することになりました。
置き引きにあった当初は自分の名前もわからなかったAさん。少しずつ記憶を取り戻しつつありますが、未だにこれまで住んでいた正確な場所も老後のために貯えていたお金を預けていた場所も思い出せていません。
「私には何もない」
「でも人様のお金で暮らしている今の現状は本当に苦しいし、恥ずかしい」
自分の力で稼いできたという自負があるからこそ、税金で生きていくのは心底情けないことなのだと語るAさん。
「この年齢で雇ってくれるところがあるなら、すぐに働きたい」
入所からまだ2ヶ月ほどですが、既に履歴書も用意して、自立に向けて動き出しているといいます。一見、とても前向きに行動しているように見えるAさんですが、将来について聞いてみると、突然涙を流して呟くように語りだしました。
「75歳くらいまでは働きたいけどさ、寿命が続く限り、お金はかかっちゃう。自分が思うよりも長生きしてしまったら、せっかく自立しても、また国のお世話になってしまうかも。プライドって言ったらかっこよすぎるけど、自分の見栄だよね。こんな自分を許せないですよ。こんな話をしてると涙が出ちゃうけど、生活保護は私の生き方に反するっていうのが今の気持ち。せっかく自立したのに、また私がここに戻ってきたら、笑っちゃうでしょ?ここの人はみんな優しいけどさ、戻ってくる未来を思うとこわい」。そう語るAさんは心底苦しそうでした。
生活保護の不正受給がメディアでクローズアップされて以降、生活保護受給をめぐっては様々な意見があるかと思います。
国民の当然の権利だと主張する人がいる一方で、今回のAさんのように「生活保護受給は恥ずかしい」と感じる人もいる。
どの意見も否定するつもりはありません。しかし、こうした言い方が正しいのかはわかりませんが、Aさんの「生活保護受給は自分の生き方に反する」という考え方は、1人の人間として非常にかっこいいですし、尊敬の念すら覚えます。
もしかすると今の時代、自力で生きていくことに強いこだわりを持つことは “生きにくさ”と直結してしまうかもしれません。それでも尚、その意地とプライドは、自立へ向けた底力になるのは間違いないと言い切れます。私たちは、そんな底力の支えにならなくてはいけないと改めて感じるインタビューとなりました。
聞き手:竹浦史展、文:中村まどか
取材日:2018.9.25
※名称・住所ともに非公開
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