一般に、女性に比べて男性は、定年後の孤独化が進むといわれています。
毎日組織の一員として頑張っているあなたも、ふとまわりを見渡すと
仕事繋がりの関係性ばかりで、地域や趣味での交友関係が希薄、なんてことはありませんか?
仕事もゴルフもお酒も、現役時代にはライバルに負けまいと競い合ってきた人が、定年退職後にそんな虚栄心を脱ぎ捨てるのは容易ではありません。
まわりの人からちやほやされることで自分の「存在意義」を確かめたい。
今回は、生活するには十分な年金がありながら、虚栄心を満たすための交際費にお金をつぎ込み、生活困窮に陥ってしまったKさんのお話しです。
Kさんは、電球などの生産を担う大手企業の工場に長年勤めていました。
ところが55歳を迎える頃、バブル崩壊により、勤め先が年間8,000億円の損失を計上。
リストラのために希望退職者を募集することになりました。
子どもたちは既に独立して家をでていたこともあり、この先の不安を抱えながら仕事を続けるよりも、定年扱いの退職金をもらって引退する道を選びました。
60歳になると、年金の繰上げ手続きを行い、受給を開始。
妻と2人、のんびりとした老後を過ごすはずでした。
しかし、その妻が脳出血で倒れ、わずか1週間で亡くなってしまいました。
それまで、孫を連れてあそびにきてくれていた娘も、妻の死去後は疎遠になっていきました。
「1人になってから、飲酒にはしっちゃった」
賃貸のワンルームマンションに独りで暮らすさみしさからか、Kさんは毎日のようにスナックに通うようになりました。
顔なじみの客やママと仲良くなり、行けば盛り上げて楽しませてくれる。
「Kちゃん」と呼ばれ、いい気分になると焼酎1本も平気で空にしてしまいました。
また、お酒と同じくらい、カラオケも好きなKさん。
スナックで、自分の得意なカラオケをほめてもらい、自分の存在を認めてもらえた。1人の自分に、仲間や友だちができた。
そんな思いで、ますますのめりこんでいきました。
「楽しかったから狂っちゃった。いま思えば一番の失敗のもと。」
会社員として働いていた頃は、役職ももらい、いつもライバルに負けまいと頑張ってきました。
忘年会、新年会、社員旅行など、社会人にはお酒を通じた人づきあいも多くあります。
「仕事だけではなく、酒の席でも、人よりすごいと思われたい」
負けず嫌いの性格から、歌がうまくなりたいと、スナックで歌をおぼえたといいます。
練習の成果を、社内の飲み会で披露して、歌がうまいと賞賛されるようになりました。
この経験を、現役を引退した後も引きずってしまったことで、スナック通いにお金をつぎ込むという事態に陥ってしまいました。
Kさんは、マンションの家賃を払っても、十分生活していける金額の年金を受給しています。 しかし、スナックに通いつめるようになってから、そこで知り合った女性とつきあいがはじまり、次第に交際費が増えていきました。
年金が入ると、お小遣いをあげたり、旅行にいったり。
「飲むと気前がよくなり、女性にお金を使ってしまった」
女性の飲み代だけではなく、医療費、入院費なども肩代わりするうちに、女性からお金をせびられるようにもなりました。
だんだんと、お金がたりなくなってきたKさんは、年金を担保に、金融機関から30万円の借入れをしました。 年金担保融資は、保証人が必要ないかわりに、年金支給額から自動的に返済額が天引きされるもの。 年金証書も預かられてしまい、もし自己破産をしたとしても、一般債務のように免責を受けることができません。
最近では、この年金担保融資が原因で、生活が破たんする高齢者が増加している現状があります。
年金まで担保にしてお金をかりたものの、Kさんはこれを交際費の資金繰りに回し、自分の各種保険料や税金は支払わず、ついにはマンションの家賃まで滞納しはじめたのでした。
そんなKさんのもとに、とうとう簡易裁判所から呼び出し状が届きました。
指示されるまま裁判所に行ってはみたものの、既に滞納家賃は4か月分になっており、もう家計は火の車で支払えるわけがありません。
それでもそのままマンションに居座り続けたKさん。
呼び出しから1カ月ほどたった、ある日の夕方でした。
呼び鈴が鳴り、ドアを開けると、ぞろぞろと人が入ってきて「ここを明け渡してもらうから、今すぐ出て行ってくれ」と一方的に言われました。
とるものもとりあえず外に出され、着の身着のまま、なにも持たずに放り出されてしまいました。
マンションを追い出され、行くところもなく途方に暮れたKさん。
「すべて失って、人生おわりだ。死にたい」そんな思いもよぎりました。
けれど、死んでしまったらなにもかもおわり。
何かしら、生きていく道はあるんじゃないか、そう思い直して、向かった先は警察署でした。 しかし、警察署から役所に連絡してもらおうにも、既に行政窓口が終了している時間。 そこで、警察から受入れの要請を受けたのがSSSの三多摩支部。
Kさんは、その日のうちに、生活に困窮した人の自立を支援する施設「青梅荘(青梅市内の無料低額宿泊所)」に入所することになりました。
ひとまず身を落ち着ける場所はできましたが、着替えはもとより、貴重品も持たずに追い出され、残ったものといえば借金だけ。
そんなKさんに対し、親身になって支援をおこなったのが施設長でした。
一緒に役所に行き、なんとかマンションを管理する不動産会社に連絡をとりつけて、一度だけ部屋にいれてもらい、通帳、印鑑などの貴重品と身の回りの物をとってくることができました。
また、年金担保融資のほかに、各種保険料、税金、水道光熱費に飲み代のツケまで、今後返済していかなくてはならない負債を一緒に整理し、支払計画を立てる家計管理のサポートも行いました。
事情により、現在は青梅荘から、別の無料低額宿泊所の小平荘に移っているKさんですが、月に1回、お酒がもとで患った糖尿病の通院の際には、現在の返済状況や家計状況を施設長と確認しあい、順調に返済をつづけています。
Kさんは施設長について、こう語りました。
「いい人にめぐりあえて、死なないでよかった。恩返しとして、借金を全部きれいに終わらせるまでがんばる」
そして、今までの経験をふりかえってさらに続けました。
「厳しいことも言うけれど、なんとか自分を立ち直らせようと、親身に面倒みてくれている」 「今までつきあってきた仲間は、甘い言葉を言うけれど、ほんとうの良い友達じゃなかった」
利害がからむ関係性は、いつか終わりを迎えてしまうかもしれません。
定年後の人生に、あなたがほんとうにつながっていたいのは、どんな人ですか?
文(聞き手):梅原仁美
東京都青梅市千ヶ瀬町3-490