失業、病気、障害、介護、離婚、死別、人生を歩んでいく中で私達はさまざまなリスクと向きあわなくてはならない時があります。
もちろん、反対に就学、就職、結婚、出産といった大きな喜びをともなうできごとも数多くあると思いますが、喜びと悲しみ(=リスク)は表裏一体。
個人的な考えにはなりますが、誰もが自分なりの幸せを求めて生きていく中で、降りかかる人生のリスクにどのように対処するかを想定し、備えておくことが大切なのではないでしょうか?
今回の当事者インタビューは、足かけ20年、新聞店で働いてきた男性が視力と仕事を同時に失い、生活困窮に陥ったお話です。
Kさんの左目が見えなくなったのは2年前。突然のことでした。
知人と共同経営に近い形で新聞販売店を立ち上げ、店長をしていたKさん。
ある朝、目が覚めると左目の視界が真っ白。なにも見えなくなっていました。
医療機関へかけ込むと、糖尿からくる眼底出血があったことがわかり、
「すぐに手術をしないとダメ」と医師に告げられました。
しかし、仕事上で責任ある立場にあったKさんは、
「自分が先頭をきって1週間も休む訳にはいかない」と先のばしに。
結局、手術に踏み切るのに1年近くかかりました。
さらに、本来は2回目の手術も必要でしたが、新聞販売店の経営はうまくいっておらず、資金繰りにも奔走する毎日。
この時期もまとまった休みを取る訳にはいかず、入院を後まわしにせざるを得ませんでした。
Kさんの新聞販売店の経験は長く、茨城県内で10年。
その職場の同僚と独立して埼玉県内で10年。
合計20年間、新聞販売の業界に身をおいてきました。
下積み時代は、深夜1時すぎに集合して朝6時まで朝刊の配達、また昼すぎから夜8時くらいまで集金と営業をこなす毎日。
独立後の店長時代は、朝9時に出勤、夜8時には帰宅と、責任はありましたが、身体的な負担は少なく、給与も安定していました。
ところが、2011年の東日本大震災によって経営状況が一変します。
利益の大半を占める折込チラシが震災後に激減。
周囲の同業者が徐々に店をたたんでいくようになりました。
Kさんは視力低下がありながらも、共同経営者と立て直しを図りましたが、ついに2016年、廃業を決意。
借金を負わずに店をたためたことが唯一の救いでした。
その後、一定期間を失業保険でしのいだKさん。
「再出発をしたい」と地元の茨城県に戻り、友達のツテをたどって住み込みの仕事を探し、風俗店のボーイをやることになりました。
しかし、、、頼りの右目もこの頃から視力が低下。
3か月ほどで仕事ができないくらいに悪化し、社員寮から出ることになりました。
住む場所を失ったKさんは、友達の家に泊まっていた時期もありましたが、
「いい年をした大人がずっと世話になる訳にもいかない」と、
唯一の財産として残ったステーションワゴンで車上生活へ。
ガソリン代を節約しながら公園やパチンコ店の駐車場を転々とし、1週間ほどたったでしょうか。いよいよ所持金が尽きかけ、生活保護について市役所へ相談することに。
生活保護を担当するケースワーカーと今後について話し合った結果、
「いまの視力を考えると住み込みの仕事を探すことは難しい」
「実家を頼ることもできない」ということから、
生活に困窮した人の自立を支援する施設「ポプラの郷土浦(茨城県内の無料低額宿泊所)」への入所が決まりました。
施設に入所してすぐ両目の手術をすることができましたが、左目は見えるようにならず、右目の視力も0.04と回復していません。
「手術してから1、2か月で再就職できる」とイメージしていたKさん。
想定がはずれたどころか、医師から身体障害者手帳の取得を勧められたことで就職が遠のく焦りを感じています。
再就職に必要と考える運転免許についても現在の視力では更新することができず、メガネを作って視力を矯正し、0.7以上の合格基準をクリアする必要があります。
最近、再検査した視力の結果によっては、障害者手帳を取得して生きていく道かメガネを無事に作ることができて再就職に進む道か、Kさんの人生はまさに分岐点を迎えています。
もし、Kさんの視力がこのまま回復しない場合は、障害者年金を受給できる可能性があります。そして、できる範囲のアルバイトと組み合わせれば生活保護を脱却できるかもしれません。
しかし、社会保険なしの仕事をしてきたKさんの場合、障害者年金を受け取るためには、国民年金の全納付期間のうち3分の2以上を納めている必要があります。
Kさんは、「早くメガネが欲しい」
「夜勤の工場とかキツイ仕事でも頑張ろうと思っている」と意欲的ですが、
視力検査の結果とあわせて年金の納付期間も気になるところです。
視力の低下と失業が重なったKさん。
「どっちか片方だけなら踏ん張れた」と言います。
私は、人生のリスクが重なってしまったにもかかわらず、心が折れていないKさんに驚きを隠せません。
このような過酷な状況を誰が想定できたでしょうか?
仮に想定できるとしたら、あなたは人生のリスクに対してどんな備えを実行しますか?
文(聞き手):竹浦史展
茨城県土浦市(詳細、非公開)
※単身男性のほか、女性、母子、夫婦世帯の受け入れ可能
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NPO法人エスエスエス 茨城支部
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