更新日:2017.08.09
当事者インタビュー:Oさん(男性・72歳)
大学を卒業し、上場企業に就職。
結婚して、子どももでき、住宅ローンで住居を購入。
ごく普通の生活を送る、日本のサラリーマン・・・
あなたもこんな日常をおくっている1人かもしれません。
平凡ながらも幸せな毎日が、あるできごとをきっかけに、一転してしまう。
今回は、そんな苦しい経験をしながらも、人のやさしさにふれ、再びおだやかな日々をとりもどした男性のお話です。
Oさんは大学で電気工学を学び、卒業後はそれをいかして有名企業に就職しました。結婚して一男一女も授かり、28歳の時には千葉県内に一戸建てを購入。
サラリーマンの傍ら、親戚の料理屋も手伝いながら、31年間家族を支えつづけました。
ところが、Oさんは55歳の時、長年勤めた会社を辞めます。
「夢を見てしまったんだ」と、後悔の念を押し殺すようにOさんはつぶやきました。
突然おとずれたバブル崩壊。
株で大損して多額の借金を背負ってしまいます。
なんとかしたくてもどうにもならない。
会社を辞めて、退職金で返済するしかないという結論にいたります。
借金で家族に迷惑はかけなかった。けれど、妻や子どもたちからは、「勝手に借金なんかして」「家族のことを考えていない」と信頼を失ってしまいました。
「家族にわかってもらえず、口では言い表せないむなしさがあった」
信頼が欠けた、その時から、家族とのつながりも切れてしまいました。
会社を辞める少し前、同居していたOさんの母が脳梗塞で倒れてしまいます。
後遺症から左半身が麻痺。認知症の症状も出はじめていました。
妻からは離婚を言い渡され、その妻も働きに出て、子ども達はもう社会人。
「誰も母を看られる状況じゃなかったし、おいていくわけにはいかなかった」
ハローワークで警備の仕事を見つけ、そこの借り上げアパートに入れることになったOさんは、家族に迷惑をかけないように、土地も家も妻の名義に変更し、離婚届に判を押して、病気の母を連れて家を出ました。
「あのとき、俺の居場所はなくなった、俺の人生はおわった、そう思った」
アパート生活をはじめてほどなく、母の要介護度は4まですすみ、特別養護老人ホームへ入所。最後はOさんのことも誰だかわからなくなってしまいました。
「おふくろを面倒みておわったら、俺ももう、いいかな。」そんな気持ちだったといいます。
母を見送った後も、警備会社で働きつづけましたが、60歳をすぎるころ、警備の仕事がきつくなってきます。結局、肩をたたかれ、会社を退職。借り上げアパートを出ることになりました。かろうじてアルバイトは続けていましたが、住む家がなくなったOさん。
一晩1,000円のネットカフェで暮らす、いわゆるネットカフェ難民になりました。
その日ぐらしの生活で辛くなかったですか?とたずねると、
「もう、どうでもいいって思ってたから、けっこう気楽でよかったよ」という答えが返ってきました。
ところが3年ほどした頃、ネットカフェの規制が強化され、身分証がないと、利用ができなくなってしまいます。
Oさんは健康保険証もない、年金手帳もない、運転免許証も失効していました。
しかも、アルバイト先の警備会社の責任者が代わり、その人とそりが合わず辞めてしまいます。
体を休めるところもない、仕事もない。
こうしてOさんはホームレスになりました。
でも路上生活といえどもなわばりがあり、ボスがいる。
人間関係が嫌になっていたOさんは、束縛されたくない、と公園を転々とするうちに、小さな地下道に居つくことに。
しかしそこで、思わぬ言葉をかけられます。
「ありがとう」
地下道を通る女性から、そこにOさんがいることで、ひったくりが出なくなって助かる、と感謝されたのです。
さらに、近所の人が使わなくなった寝袋をくれたり、弁当やパンをくれたり、Oさんにやさしくしてくれました。
「その時、はじめて知った。人のやさしさっていうのが、生きる力になるんだなあって」
それまでは、このままどうなってもいいと思っていたきもちが、社会の人のやさしさにふれることで、生きようという前向きなきもちに変わりました。
その後、区役所の職員に声をかけられたことをきっかけに施設に行くことを決め、半年後、生活に困窮した人の自立を支援する施設「戸越荘(品川区内の無料低額宿泊所)」に入所します。
施設長や支援員のサポートのもと、住所設定の手続きをする中で、Oさんに厚生年金の受給資格があることが判明。遡及分の一時金で、施設入所時から受給していた生活保護費や医療費も全額返還することができました。
ひとりで生活するには十分な年金がうけとれるようになったOさんは、生活保護を辞退してアパートを借り現在の安定した生活を手にしました。
戸越荘を出たあとも、Oさんはお天気が良い時は毎週、戸越荘のお茶会に参加しています。
「俺がここに、近隣清掃とかお茶会に来てるのは、自分の再出発のチャンスを与えてくれたから。それと、やさしさ。ひとりで暮らすのはさびしいけど、ここにはやさしい人たちがいて、仲間として迎えてくれる。来ると笑顔にしてくれるから、俺の生きがいっていうか、そんな感じかな。」
人は、たとえ人生のドン底に落ちたとしても、誰かのやさしさを自分の力に変えることができるのではないでしょうか?
文(聞き手):梅原仁美
東京都品川区戸越1-20-12
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