みなさん、介護保険サービスを利用する前提として住所が必要なことは、ご存知でしょうか?「そんなことは当たり前」と思うかもしれません。でも、過去に住んでいた場所に住所をそのままにしている人って意外と多いんです。
SSS三多摩支部の相談所の所長である西原のインタビュー。
開口一番「ちょうど今日の午前中、無事に介護申請ができました」と切り出してきました。くわしい話を聞いてみると、住所不定で相談をうけた76歳のおじいちゃん、Hさんが施設(無料低額宿泊所)に入所して3年ほど経過し、徐々にADL(日常生活動作)が低下して要介護状態になったとのこと。
Hさんは自分の本籍地が正確にわからず、お父さんの名前や妹さんとの年の差を間違えたりもしていました。唯一ちゃんと言えたのはお母さんの名前だけ。
限られた情報をたよりに本籍地のN市へ問い合わせしてみたものの、ラチがあかなかったため、収入が少ない人でも法律相談ができる「法テラス」に同行して相談することにしました。
番地がわからないため、戸籍謄本をとることができなかったHさん。
このままでは住民票をとることができません。
複数回の相談を重ねた結果、法テラスの担当弁護士さんのアイデアは、驚きの手法でした。
それは、Hさんの出生が明らかになるような質問、例えば「実家はお豆腐屋さんだったんだよね?」「家の近所には何があった?」などを問いかけ、それに答えるHさんの様子をビデオカメラで撮影し、それを証拠資料としてN市に番地を照合してもらうというものでした。
こうして昭和35年に住民登録を抹消されて以来、住所不定だったHさんは戸籍謄本を受け取り57年ぶりに住民票をとることができるようになりました。
住民票がないことでストップしていた要介護申請も無事にスタートし、Hさんが介護保険サービスを受けるためのゴールに大きく前進しました。
西原が籍をおくSSS三多摩支部は東京都の多摩地区(26市+郡部)を管轄。
失業した人や家がない人など生活困窮者の自立を支援する施設(無料低額宿泊所:23か所・定員844名)とその入り口となる相談所を運営しています。
西原の主な役割は、相談所における相談業務と入退管理。
福祉事務所や病院、警察など関係機関からの相談を1か月に60件ほど受けつけるほか、福祉事務所へ相談者を迎えにいったり、事前面談のため病院やゲストハウス、家賃滞納中のアパートなどを訪問します。
関係機関からの受け入れ要請を電話で受け、ご本人を迎えにいく。
ほとんどの相談者が今日いく場所がない、いま助けが必要な人。
このような相談の現場で西原は、「受け入れをする前に可能なかぎり事前面談したい」と話します。
その理由は、関係機関の方からの情報提供だけではなく直接、相談者と顔をあわせるため。そうすることで、これまでの生活状況や心身の状態を聞き取り、自立へむけた手がかりをできるだけ多く集めることができるのです。
また、入所時の相談責任者として、受け入れ側となる現場職員とやり取りをするうえでも的確な情報収集が求められます。
というのも、抱えている病気や借金の有無など、より詳しい情報がより良い支援につながる一方、アルコール依存症や犯罪歴などの重要な情報を聞き漏らした場合、後々の支援に支障がでたり、トラブルになることがあるからです。
西原がSSSのスタッフになったのは今から10年以上前の2007年4月1日。
前職は大手パチンコチェーンのマネージャー職。数値管理に追われるデスクワークに嫌気がさし、お客さんとの直接のやり取りが好きだった西原は退職を申し出ました。
有休消化をしているタイミングで大学時代の先輩にあたるスタッフ(今回の聞き手の竹浦)から誘いがあり転職を決意しました。
実を言うと、先輩からの誘いを単に「断りづらかった」だけで入ったNPO法人。最初はやりたいと思っていませんでした。ところが、配属先の埼玉にて他のスタッフに同行し、夜間巡回をしてみると、そこには路上で寝泊まりする多くの人の姿がありました。
今までみたことのない光景を目の当たりにしたことで、
「この人達のためにがんばろう」と西原は考えるようになったのです。
その後、西原は勤続10年を数える間に、埼玉、東京、神奈川、茨城と首都圏を活動エリアとするSSSのほとんどの拠点を渡り歩き、神奈川と茨城では支部長として管理職の重責も担いました。
転機が訪れたのは2013年4月。前職と同じように管理職がむいていないと悩んでいた西原。それに気づいた上司よりSSS三多摩支部の相談所所長のポストが提示され、相談職のスペシャリストを目指すことになりました。
西原はデスクワークやルーティンワークが大の苦手。
「決まったことを決まった時間にやる仕事ではない」
「いつなにが起きるかわからない」
といったSSSの仕事が自分にあっていると話します。
そして、冒頭の住所不定の人が57年ぶりに住民票をとったのと同じように、
「自分のアイデアや頑張り次第で相談者の抱える問題を解決することができる」
と今日も相談の現場を奔走します。
地域の中にこんな相談スタッフがいてもいいですよね?
文(聞き手):竹浦史展
1978年1月生まれ/2007年入社
特定非営利活動法人エス・エス・エス(NPO SSS)
三多摩支部 相談所 所長
2016年に社会福祉士を取得し、現在は精神保健福祉士の取得にむけて勉強中。
週末は子どもと公園で過ごす2児の父。趣味は車とバイク(現在は休眠)。