突然ですが、あなたは自分の悩みを周囲の人に相談できますか?
「なんでも相談できる友達がいる」
「信頼できる上司に話す」
といった人もいるでしょう。
その一方で、
「まわりに迷惑をかけたくない」
「家族を心配させたくないから言わずにガマンする」
「そもそも誰に相談したらいいかわからない」
といった人も少なくないのではないでしょうか。
私の主観にはなりますが、経験上その悩みが深刻であればあるほど相談できる人が限られ、人に打ち明けるハードルが高くなるのではないかと思います。
今回の当事者インタビューは、旅館の仲居を21年も続けた女性が貧困状態に陥った理由=「人に相談することができなかった」お話です。
Mさん(女性・77歳)が生活に困窮した人の自立を支援する施設「サンライズ御宿(千葉県内の無料低額宿泊所)」に入所して5か月が経過しようとしています。
Mさんは、この施設に入所する少し前まで、千葉県の外房に面した老舗旅館の仲居として21年間まじめに働き、社員寮に住んでいました。背筋がまっすぐで品のある顔立ち。いわゆる後期高齢者とは思えない若々しさがあります。
高齢を理由に旅館を退職し、わずかな貯えを失った現在は生活保護を受給中。
今夏2017年8月より年金受給の資格期間が25年から10年に短縮されましたが、それでもMさんが年金をもらえる見込みはありません。
Mさんが旅館の仲居として働きだしたのは55歳。それから60歳までは正社員でしたが、それ以降はパート扱いでした。このため厚生年金をかけていたのは5年ほど。制度が新しくなっても、年金を受け取ることができる期間には達しないのです。
ならば前職の年金、そうでなくても国民年金があるはずというところですが、答えはNO。ここにはMさんならではの「事情」がありますので、くわしい話を続けたいと思います。
さかのぼること35年以上前、Mさんが40歳をむかえようとしていた頃のこと。当時、小6の男の子、小4と年長さんだった女の子、3人の子どもを実家に預けたのを最後に、Mさんはそのまま帰りませんでした。
Mさんは結婚と同時に親の土地に自宅を新築。
夫は呉服店を営み店舗もかねた自宅でMさんは専業主婦として家事や育児をするかたわら、帯の修理など夫の手伝いをする毎日でした。
子宝にも恵まれ、はたから見れば幸せな家庭を築いていた中での家出。
幼い子ども達を残していったのは夫の暴力や酒、ギャンブルといった理由からではありませんでした。
呉服店の経営がうまくいかなくなってきた時のことです。
夫はMさんの親がもつ土地を手に入れたいと言いだすようになりました。
「実家の土地の権利書をもらってこい」などと言われ、最初は適当に受け流していたMさんも夫が折にふれ持ち出す話に弱りはてました。
「どうしていいかわからない」
「私がいなければ、こんな話もなくなる」
Mさんは長年の間、誰にも言えずひとりで悩み続けました。
親はもちろん、兄弟や友達にも言えません。
誰にも相談できずに思いつめたMさんは、子ども達を連れて家を出たこともありました。3人と「心中する訳にもいかない」と考えたこともありました。
例えば、弁護士などに相談し、第三者から夫をたしなめてもらう方法もあったかもしれません。そうすることができなかったMさんは、「人に相談することができなかった。それが自分の一番の欠点」といまも自責の念にかられています。
家を出てからもしばらくの間、長男とは連絡を取り合い、顔を合わせることが多かったMさん。しかし、離婚調停の場面では成長して大きくなった次女から、「わたし達を捨てていったんだから、親でもなければ子でもない。二度と顔も見たくない」と言い放たれました。
当然と言えば当然。幼い子ども達を残して家出したMさんに同情の余地はないでしょう。しかし、当時の葛藤や苦しみの大きさがわかるのはMさんだけ。
当時、抱えていた悩みがどれほど深刻なものだったのか私達に知る方法はありません。
この家出をきっかけとして、Mさんは10年以上各地を転々とし、旅館の仲居として働きだす頃には住民票のある場所は分からなくなっていました。
国民健康保険の加入もせず医療費の支払いはいつも全額実費。支払いが義務化された1986年以降も国民年金保険料を納めたことがなかったことが結果として現在の無年金につながりました。
それでは、年金をもらえていれば生活保護や施設に頼らす生活が成り立つか?
厚生労働省によると、2017年度の国民年金の満額支給は月64,941円。
地域ごとの物価によって違いはありますが、持ち家のない人が他の収入なしに国民年金だけで生活していくのはかなり厳しいのではないでしょうか。
サンライズ御宿に入所後、Mさんは施設職員や福祉事務所のケースワーカーのサポートをうけて住民票や銀行口座の設定を完了。現在は「身分を証明するものが欲しい」とマイナンバーカードの発行を待っています。
そして、同じ施設に住む他の利用者の誘いもあり、近所の海の家に面接に行ったところ、「明日からすぐにきて欲しい」と即採用に。
夏の間、週に2、3日この海の家で働くことが決まりました。
変えられない過去より変えられるこれからを大切にする生き方は許されないのでしょうか?
そして、あなたはいま、誰にも言えない悩みをひとりで抱え込んでいませんか?
文(聞き手):竹浦史展
千葉県夷隅郡御宿町(詳細、非公開)
※単身男性のほか、女性、母子、夫婦世帯の受け入れ可能
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NPO法人エスエスエス 千葉支部
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