更新日:2019.05.08
当事者インタビュー:Kさん(男性・62歳)
2018年に行なわれた国税庁の調査によれば、日本の平均年収は422万円(民間給与実態統計調査より)。最も平均年収が高い50~54歳男性でも670万円という数字です。
では、年収1000万円を超えている人はどのくらい存在するのでしょうか。何と全給与所得者のうち、5%以下。この数字から現代日本において、年収1000万円は高収入であり、いわゆる「勝ち組」だといえそうです。
しかし、年収1000万円以上であるにもかかわらず、貯金ゼロという世帯や生活破綻に陥ってしまう世帯が少なくないのをご存知でしょうか。
たとえば、金融広報中央委員会の調べによると、年収1000万円~1200万円未満で貯金ゼロの人の割合は13.5%にのぼるといいます。
その要因はというと…ひとつは、高額所得者ほど高い税率が課せられる「累進課税制度」にありました。年収が上がるほど引かれる税金が増えるため、手取り額はそこまで増えないのです。
一方で「年収1000万円」になると、本人には「中流以上になった」という意識が生まれるため、生活レベルを上げがち。食品や生活用品、住宅、車、家電、旅行など…さまざまなシーンで少しずつ高級志向になっていく人が多いといいます。
今回のコラムの主人公Kさんも、一時は年収1300万円ほどを稼いでいたにもかかわらず、生活困窮に陥った1人。平均よりも“裕福な生活”をしていたKさんにとっての落とし穴とは何だったのでしょうか。
仕事は、フリーランスのIT技術者。インターネットが当たり前になる前のネット黎明期から、さまざまなシステム開発に携わることで技術を磨いていました。
そのスキルが評価され、国交省や電力会社、大手通信会社といったビッグプロジェクトの中核を任されるほどの技術者として活躍。IT全盛期の40代前半の頃には、年収1300万円を超えていたといいます。
かなり稼いでいたKさん。裕福な生活をしていたのでは?と聞いてみると「そうですね。あればあるだけ使うという生活でした。趣味の車のカスタムもたくさんしていたし、欲しい服があったらすぐに買って…。一時期は外車を3台持っていたこともあります」という答えが返ってきました。
また、入籍はしていなかったものの、30代後半から交際していた女性とも円満で、楽しく2人で同棲していたといいます。
傍から見ても、まさに人生は順風満帆。Kさん本人も当時はそう思っていたはずです。
異変を感じたのは、59歳の頃。2週間に1度ほど、胃腸に不快感を覚えたり、胃腸を掴まれる感じがしたりと不調を感じるようになったといいます。その頻度が徐々に増えていきましたが、生活に支障が出るほどではなかったため、見て見ぬふりをしていました。
しかし、2015年10月、強烈な胃もたれを感じ、仕事を休まざるを得ないほどに。参加していたプロジェクトも途中で降りることになったため、フリーランスであるKさんの収入はゼロになってしまいます。
「お金はあるだけ使う生活」をしていたKさんと恋人は、預貯金もなかったことから、介護士をしていた恋人の収入に頼ることになり、家賃13万円の広いマンションから安いアパートへの転居を余儀なくされます。
明らかに生活レベルは落ちましたが、恋人は必死に看病をしてくれました。ただ残念ながら快方に向かうことはなく、ついに3週間ほどほとんど食事も摂れないほど病状が悪化。ムリに食べても吐き戻してしまう状態が続き、70キロほどあった体重は一気に50キロ台になってしまいます。
そして、ついに救急搬送。食事を摂れるようになるまで、入院することになりました。
入院中、腹部CTや胃カメラなど、さまざまな検査をしますが、胃腸などに異常はなし。下った診断は「機能性胃腸症」というものでした。
胃部痛や胃もたれなどの症状が慢性的に続いているにもかかわらず、異常が特定できない病気のことです。
内科的には原因が特定できなかったため、医師からの勧めで精神科も受診。しかし、身体的な疾患や異常がないにもかかわらず、さまざまな身体症状が持続する病気の総称である「身体性表現障害」と診断。やはり原因が特定できませんでした。
食事療法や投薬で一時的に病状は快復し、かつてのツテを頼り、再就職を目指したKさん。「ぜひ来てほしい」といくつかの企業から声がかかりましたが、いざ就職しようとすると、症状が再発。再入院することになってしまいます。
その頃には、医療費などでお金は底をつき、ついに生活保護を受けることになっていたKさん。2度目の退院となった時には、ケースワーカーからの紹介により、SSSの施設に入所します。
ちょうどその頃、定期的にお見舞いに来てくれていた恋人も体調を崩してしまい、仕事を辞めざるを得ない事態に。2人は別々に歩む道を選ぶことになりました。
今の暮らしについて聞いてみると「快適ですよ。個室だし、部屋自体が広いので」と答えてくれました。
身体の状態はというと、投薬により、病状も安定しており、体重も60キロ台に戻ったそう。しかし、人並みに食べることはまだできず、完治には程遠い状態だといいます。
それでも今後について伺うと「ほんとはすぐにでも1人暮らしをしたいんだけど、なかなかケースワーカーからOKが出なくて」とKさん。
「もっと症状が良くなればね…だから早く体調を戻して、働きたいですね。給料が安くなってもいいから、月40万円でも30万円でもいいから稼ぎたい。去年、退院して、仕事を探していた時も、いくつか採用が決まっていましたから、体調さえ戻れば働けるんですよね」と力強く語るKさんからは、体調が悪くなってしまったもどかしさを感じました。
40代の頃から体調を崩す59歳まで、約20年間、年収1000万円超を稼いでいたKさん。
「過去に戻れるなら…といった後悔はありますか?」と聞いてみました。すると「戻れるなら、40代前半に戻りたいですね。ITで働いている時の収入のピークの時期です。その頃は年収1300万円くらいもらえていたので。それで、ずるずるせずに恋人と結婚もして、貯金もしていればなぁと思いますね」と話します。
たとえ年収1000万円を超えていても、病気やケガなどでいつ働けなくなるかわかりません。誰もがそういった事態に陥る可能性があり、もしかすると、それは明日かもしれない。
今「まさか私が…」と思ったあなたも、どんなに健康な方でも、可能性はゼロではありません。
では、そうしたリスクに備えるにはどうすべきか。当然のことと言われてしまうかもしれないですが、できるだけ生活の無駄をなくし、貯蓄をすることに尽きるのでしょう。
ちなみに、ゆとりのある老後を過ごすには…夫婦で5000万円の貯蓄が必要といわれています。独身男性の場合は、65歳でリタイアするなら2000万円の貯蓄があると安心だそうです。
「まだ若いから大丈夫」「生活レベルは下げたくない」「子どもが独立するまでは貯蓄できない」…いろいろな言い訳は一度捨て、老後や突然のリスクに備えて、家計を見直してみてはいかがでしょうか。笑顔で人生を終えることができるかどうかは、まさに今の家計にかかっているかもしれません。
聞き手:竹浦史展、文:中村まどか
取材日:2019.3.19
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